誰かが笑ってくれるような、面白いものしか作らない!
有山 圭二氏:(有)シーリス


『僕が死んだら……』

パソコン愛用者の間で、ずいぶん前からジワジワと話題になっているソフトがある。その名もデスクトップ遺言ソフト『僕が死んだら……』。遺族がパソコンを開くと、デスクトップに残された遺言メッセージが開き、家族に生前言えなかった思いを伝えてくれるという心温まるソフトだ。しかし、このソフト、真の目的は別にある。なんと、家族がそのメッセージを読んでいる間に、人には見せられないプライベートなファイルや画像などを、こっそりと消去してくれるのだ。無料でダウンロードできる手軽さもあいまって、利用者は年々増え続けている。

このソフトを開発したのは、東天満に事務所を構える(有)シーリスの有山圭二氏だ。IT関連の技術研究や開発を請負うかたわら、“こんなことできたらいいな”、“こんなものがあれば便利なのに”という人々のニーズにオモシロおかしく応える、そんなツールを生み出している。

進路選択は消去法で?

有山氏

「自分に会社勤めは向いていない」。そう思うようになったのは、大学卒業を間近に控えた2003年のことだった。「入学したときは、当たり前のように会社勤めをするもんだと思ってたんですけどね。なぜかその考えがガラッと180度変わってしまった。きっかけが何だったのかはもう忘れちゃいましたけど……。とにかく、会社勤めはしたくない。じゃあ、どうするのかって考えたとき、残っていた選択肢が起業することだったんです」。会社を興せば、時間に縛られることなく、自分のペースで仕事ができる。卒業後の2004年4月、思い立ったら吉日と、産創館で開催された起業者のためのセミナーに参加。その年の11月には(有)シーリスを立ち上げていた。学生上がりの若さで起業することに不安はなかったのだろうか。有山氏は苦笑しながら答える。「それが、まったくなかったんですよね。学生の頃からパソコンに関する技術はそこそこあったし、プログラムを組むのも好きだったんで、なんとかなるだろって思ってたんですよ。“いい技術だから売れるわけじゃない”、“売るためには作るだけじゃいけない”。今となったら身に染みてわかるこの言葉が、すっぽり抜け落ちてたんです(笑)。そんな感じだから、当然、仕事も回ってこなくて……創業当初は大変でしたよ」

“面白いもの創り”を追求したい!

今だから笑って話せるのかと思いきや、当時からあまり悲観してはいなかったらしい。「会社を興したと言っても、養うのは自分ひとり。事務所の家賃と光熱費が払えるだけ稼げればよかったんで……」と、なんともお金に執着のない言葉が飛び出す。実際、1ヵ月間暮らせるだけのお金を稼ぐと、仕事を一切しなくなったときもあったとか。仕事をせずにいったい何をしていたのだろう。「空いた時間は、自分が面白いと思うアプリケーションやソフトを作ることに没頭していましたね。“こんなツール見たことない!”と誰かが笑ってくれるような面白いものを作りたかったんです」(有)シーリスの会社理念にもこうある。“関わった皆が、心の底から「面白い」と思える「もの創り」。それが私たちの目標です”と。今はまだ、その理念だけで食べていくことはできないが、本当はそれだけを追求していきたいのだ、と有山氏は笑う。

難しい技術で、くだらないものを??

有山氏

そんな過程で出来上がったのが、冒頭で紹介した遺言ソフト『僕が死んだら……』だ。くだんのソフトが完成したのは2007年のこと。車を車庫に入れる際、事故に遭いかけたのがきっかけだった。「事故りそうになったとき、“パソコンには見られたくないファイルが山ほどある。このままじゃ死んでも死に切れない!”そう思ったんですよ(笑)。でも、自分がいつ死ぬかなんて予期できないじゃないですか。万が一、そんな事態に陥ったとき、なんとかしてファイルを消せないもんかなぁ、と考えたんです」方法はいくつかあった。たとえば、3日以上パソコンの電源を入れなかったら。たとえば、指紋認証(有山氏のパソコンには、指紋認証でセキュリティがかかっている)で両親の指紋を認識したら。しかし、どれもいまいちピンとこない。もっと面白い方法はないか。考えた末に浮かび上がったのが、“遺族にファイルの消去を実行してもらう”という方法だった。いったいどういう原理なのか。有山氏から説明を受けたが、プログラムやシステムの構築に疎い筆者には、相当ややこしく、難しいものなのだということくらいしか理解できなかった。しかし、有山氏はそれでいいのだと言う。「難しいものを難しかったんだと主張する必要は一切ないと思っています。技術の難易度なんて、わかる人にだけわかればいいんですから。“難しいことはわからないけど、なんかくだらないもん作ってんなー!”って笑ってもらえれば、僕はそれで満足です」

ほかにも、長時間の会議から抜け出すためのアプリ『Escape from the KAIGI』や、サイレントモードでもバイブ機能をオンにするアプリ『近藤昭雄の憂鬱』など、数多くのAndroidアプリを作成する有山氏。有料のものもあるが、ほとんどのアプリを無料で提供している。収益を得ることはできないが、より多くの人に(有)シーリスを知ってもらうきっかけとなっていると言う。

イチ造り手から経営者に

(有)シーリスが知られることにより、IT関連の技術研究や開発などの受託も増えてきた。今後の展開は? そう尋ねると有山氏は難しそうな顔で、「そろそろ経営者にならなきゃなぁとは思ってるんですけどね」と唸った。多くのソフトウェアを開発し、世に送り出す(有)シーリスだが、実は社員は有山氏しかいない。「大企業の仕事を請負うことも多くなってきましたが、従業員1人、資本金10万と言うと、たいがいの担当者が驚きます(笑)。それがネックで仕事を回せないと言われたこともありました。受注数も増えてきたし、そろそろ増資に踏み切る時期かな、と」そのためには、従業員を雇い、育てていかなければいけない。自分の培ってきた技術を、次世代へと伝えていくことになるのだ。だからといって、(有)シーリスの根本が変わるわけではない。たとえ、従業員が増えても、たとえ、請負の仕事が今以上に増えても、“面白いもんを作る”という理念だけは、決してブレない。「周りの環境がどれだけ変わっても、僕の中にある信念は揺るぎません。やりたいことを やる。作りたいものを作る。そのためにこの会社を設立したんです。もっともっと面白いものを生み出していきますよ!」クスッと笑える有山氏の面白アプリ。次はどんなものが発表されるのか、今から楽しみだ。

有山氏

公開日:2010年03月25日(木)
取材・文:國澤 汐氏