「豊かで美しい暮らし」とは何か…それを考えたい
服部 滋樹氏:graf : decorative mode no.3

クリエイティブユニット「graf」の活動拠点は北区中之島。向かいは市立科学館、裏は土佐堀川が流れる落ち着いた一角にたたずむ5階建てビルだ。1階はサロン、2階にレストラン、3階、4階にショップ・ショールームを構え、5階はギャラリー。各フロアには、一つ一つ作り手がこだわった個性的なアイテムがあふれている。なのにそれが不思議と調和し、一つの世界を創り出している。grafにとってこの場所は、仕事場というよりもむしろ、自分たちのライフスタイルの提案の場であり、ともに考える環境だ。デザイナー、大工、家具職人、プロダクトデザイナー、映像作家、シェフなど、様々なジャンルのクリエイターで構成されるgrafの活動について、代表であるデザイナー・服部滋樹さんにお話をうかがった。

はじまりは少年探偵団

服部さん

「ぼくがみんなに少年探偵団をやろうよと言ったのがきっかけなんです」と切り出す服部さん。
20代前半のまだ社会に出て間もないころ、ものづくりにかかわる仲間が集まり、お互いに現場で作ったものを見せ合った。月に一度、自分のクリエイティブに対する考えや成果を語り合い、切磋琢磨し合ったその6人からgrafがはじまった。

「テーマは暮らしのための構造を考えよう。それに対してどれだけ人にフィットするモノを作れるかが、共通の思想であり目標です。それは今も変わっていません。職種の違う人たちが集まって、得意なところを補い合いながら一つのものを完成させてゆく。ほら、それぞれが得意分野を担当して一つの事件を解決する少年探偵団みたいでしょう。」

と、笑う服部さん。その表情は本当に少年のような純粋さと、クリエイターとしてのクールな一面が交差しているように思える。異業種が集まる理由は、決してそれだけではない。

「職種が違うということは、ものの見方も違うということです。制作で行き詰まったときに、相手の一言で新しい視点が生まれる。そこで相手のことをすごいなと思うわけです。めざすのはお互いに尊敬し合いながら、高め合える関係。それが人との係わりの中で一番大切なことだと思うんです。」

いいものを使いこなすことができる生活者を育てたい

現在、grafの代表として家具、食器、照明などのプロダクトから空間デザインまで、衣食住に関わる幅広いジャンルで活躍している服部さん。日々の活動の中で、デザイナーの役割について考えることも多いという。

「世の中には『いいもの』を創る人はたくさんいる。でもその価値を理解するユーザーが育っていないと感じます。ものがあふれすぎていて、『自分の暮らしに必要なものは何なのか』が分からなくなってしまっているんですね。街には大型店が建ち並び、安い・便利・手軽・誰々が使っているなど、一律の価値観だけが、ものの購買動機になっている。メンテナンスに手間がかかるけれど美しいもの、高価だけれど長く使えるものなど、価値観のものさしを変えて見れば『いいもの』はたくさんあるのに、なかなか理解してもらえないんです。」

そんな中、クリエイターの役割についてこのように考えている。

「ものの価値を理解してもらう方法として、それが生まれた必然性、完成するまでのプロセスを伝えるという方法があると思います。そういった附帯情報を知ることで、人は『もの』に価値を見いだすからです。だからわたしたちのようなものの作り手が、それをユーザーに伝えていかなくてはならない、そんな時代だと思うのです。『いいものを使いこなすことができる生活者を』これが、わたしたちクリエイターの一つの役割だと思っています。だからgrafでは、実際にワークショップなどで、制作体験を通して体感する豊かさを知ってもらいたい。手で感じる事、自分の価値を知る事、その状況を作ること、それがクリエイターの使命だと思うので」


2Fはdining fudo。grafの家具やプロダクトを体験しながら食事ができる。

アフガニスタンでミニマムな生活の美しさを見た

grafを結成して以来、常に前向きに活動を続けてきた服部さん。そんな中で大きく影響しているのが2002年にNGOワーカーの一員としてアフガニスタンに行った経験だ。

「アフガニスタンで難民の暮らしを目のあたりにしました。そこでの暮らしは最小限の道具しか持たない生活。生きるために必要な道具だけしかない生活です。でもそこでは、ものの豊かさではなく人としての豊かさの方が際だっていました。ものに支配されていない暮らしの美しさとはこういうことかと感じました。もう一つ感じたのは、信仰や宗教が文化を残すということです。自然風土の中で培われた信仰。そこから生まれる生活のルールや作法。それは『文化』という意味でのナショナリティでありオリジナリティです。どちらも、わたしたち日本人が失いつつあるものばかりですよね。でも、こういうものは人類の財産であり、残していかなければならないものだと思うのです。そこからいかに学び、いかに現代の生活にフィットした形で伝えていくのかを考えるのも、クリエイターの役割の一つなのではないかと思います」

grafのモットーは「生かされるより生きろ」

ときには流暢に、ときには言葉を選びながら慎重に、自らの考えを語る服部さん。最後にgrafのありかたについて、こんなふうに語った。

「ものにあふれるこの日本で、よりよい暮らしに必要な『もの』はなんなのか。どんな『もの』がよりよい未来を作るのか。それを考え、提案するのがgrafの役割です。そのためには与えられた枠の中だけで何かを創り出そうとしていてはいけないのです。いかに既成概念を壊すか。そして『生かされるより生きろ』…と、こういう感じでgrafは活動しています」

「暮らし」とは、人間の叡智の結晶である。「よりよい暮らし」を目ざして道具や空間を提案し、創り出すためには、自分たちがつねに能動的に生きなければならない。grafのビルには、服部さんをはじめ、grafのメンバーの哲学が凝縮されて詰まっている。そんなメンバーひとり一人の生き方こそが多様なgrafの活動の原動力となるのだ。


北区中之島にあるgrafビル


grafビル内部 左上から2F:サロン 3F:ショップ 4F:ショールーム 5F:ギャラリー

公開日:2009年04月27日(月)
取材・文:株式会社ランデザイン 岩村 彩氏
取材班:株式会社ランデザイン 浪本 浩一氏、株式会社ライフサイズ 杉山 貴伸氏、株式会社ライフサイズ 東 恭子氏、株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏