デザイン設計から制作まで、家具の生まれるすべてのプロセスに携わりたい
山極 博史氏:うたたね

大阪市中央区。せわしく人が行き交うビジネス街に、ひっそりとたたずむ築40年のビル。家具デザイナー山極博史さんの工房兼ショールームだ。レトロな建物をやさしい木の香りがつつみこみ、家具たちはそこに心地よくとけ込んでいる。「うたたね」という名前の通りの、ゆるやかでまったりとした空間は都会の喧噪とはまるで別世界。そんな時間の経つのも忘れそうな居心地のいい工房で、山極さんのお話をじっくりうかがった。

はじまりは工作少年でした

山極氏

子供のころに好きだったプラモデル作り、小学生の時に入っていた図画工作クラブ…そんな懐かしい少年時代の話から始まった取材。山極博史さんは、工作好きの少年がそのまま大人になったような人だ。

「子どものころから作ることが好きでした。中学の美術の時間に籐のかごを作って100点をもらったんです。思えばインテリアの道への出発点はそこだったかもしれませんね」

高校卒業後、宝塚造形芸術大学デザイン科へ入学。平面デザインから立体物までいろいろ学んだが、イスを制作する授業で校内賞を取ったことをきっかけに、本格的にインテリアの道を志す。

「もともと立体物の制作が好きだったんだと思います。イスという課題は僕にぴったりでした。制作しているうちに、これだと直感したんです」

いいデザインをしたいから、製作技術を学びたい

大学卒業後、大手家具メーカー・カリモクへ家具デザイナーとして就職。そこで図面のひき方から設計の基礎など、家具デザインの基本を学んだ。採用人数たった一人という狭き門をくぐり抜けて入社した山極さん。しかし家具の仕事が好きになればなるほど、様々な想いが頭をめぐったという。

「日本では工場で制作する人とデスクワークをするデザイナーは別々に仕事をします。でも本場北欧では家具デザインをするためには、技術をともなった資格が必要です。製作技術を持たない人はデザインしてはいけないのです。家具は3次元の立体物。だから構造をきちんと理解していないと本当にいいものがデザインできないんですね。実際僕もデザイナーとして働きながら、製作技術の勉強をしないとこれ以上いいデザインはできないと感じました。尊敬する北欧の家具デザイナーたちはみんな製作技術という壁を越えてきている。僕もそこを越えたいという欲求が沸々とわきあがり、ついに会社を辞めたんです。今考えると勇気ある決断だったと思いますが…」

と、当時のことを淡々と語る。しかしこの決断がなければ今の山極さんも、うたたねもなかったはずだ。3年半の勤務の後に退職した山極さんは、製作技術を学ぶため長野県松本市に赴く。

「家具の難しいところは自然素材を扱うところです。同じ木でも産地が違ったり、性質が違ったりする。素材を読み切れないと本当の意味でのデザインができないんです。松本では素材の特性を含め、家具に関する様々な知識と技術を学びました」

こつこつと積み上げてきた人脈と実績

松本で学んだ後、大阪に帰ってきた山極さん。技術を身につけたとはいえ、この地での人脈がゼロ。模索の日々が始まる。

「ねじ屋さん一つ探すところから始まりました。とにかく自分で作って売りたいという強い気持ちばかりで…今思うとビジネスのことなんてあまり考えてなかったと思うんです」

手探りの日々が続く中、人の輪は少しずつ広がり、次第に受注が来るようになる。小さな仕事でも一つ一つ丁寧に仕上げることを心がけてきた。大きな転機というのも特になく、地道にこつこつと人脈と実績を積み上げてきたというのも山極さんらしい。

「残念なのは、日本の家具業界では家具デザイナーという職業がなかなか成り立たないことです。例えばグラフィックデザインの世界では、企業が外部デザイナーに発注するのはあたり前のことですよね。ヨーロッパの家具業界ではグラフィックと同じように、家具も外部デザイナーにデザインを発注するのです。でも今の日本の家具業界は、メーカーがインハウスデザイナーを持っていて、そこで完結してしまう。だから日本では家具デザイナーが育たないんですね。だったら自分がメーカーになって作って売る、それしかないのです」

現在はイスやテーブルなどの大型家具から、小物雑貨まで様々な暮らしの道具を製作。ショールームでの販売のほか、FAXやWebでの受注、ショップでの展示・販売、その他ファブリック店とのコラボレーション作品などもあるという。


ショールームには制作した家具が並ぶ


山極さん作の小物雑貨たち

ユーザーに本物のよさを伝えたい

北欧家具店の日本進出や大型量販店の台頭…家具・インテリアを取り巻く最近の業界の動向は、決して楽観視できるものではない。しかし山極さんはいたって冷静だ。

「大型家具店が流行したからと言って、それが一概に悪いとも言えません。それで業界全体が活性化してくれたらいいと思います。でも一つ言えるのは、私たち日本人は『いいものを見極める目』が育っていないということ。いいものとそうでないものは何が違うのか、もっと言うと、値段の高いものと安いものの差は何か。ものの本質を見るという意味で、私たち作り手がユーザーに本物の価値を伝えていかなければならないと思うのです」

本物のよさ。山極さんの家具に囲まれたこの心地のよい空間が、まさにそれを静かに伝えているように思えてくる。

作業中の山極さん

「実は若いときは、家具のデザインなんて2〜3年やれば適当にできるようになるだろうと思っていたんです。でも違いましたね。やればやるほど自分はまだまだだと気がつくんです。デザイン設計から制作まで、家具の生まれるすべてのプロセスに携わりたい。この想いが変わらない限りずっと家具を追求していきたいと思っています」

その後、3階の工房におじゃまさせてもらった。資料に加えて工具や木型がところせましとならんでいるその工房で、おもむろにナイフを手に取って木を削り出す山極さん。その目は今まで話をしていた穏やかな表情ではなく、厳しい職人の眼差しに変わっていた。

公開日:2009年02月04日(水)
取材・文:株式会社ランデザイン 岩村 彩氏
取材班: 北 直旺哉氏