買うことがゴールじゃなくて暮らすことがスタートになる。そんな発想にしていきたい。
中谷 ノボル氏:(株)アートアンドクラフト

「倉庫のような大空間で暮らしたい」「レトロなビルや日本家屋で暮らしてみたい」など、これまで思い描いてはいたけれど実現が困難だったという人たちの住まいを数多くコーディネートしてきた会社アートアンドクラフト。2009年秋に取り壊される予定の中之島のダイビル内に事務所を構えていると聞いて、同社代表の中谷さんをお訪ねしました。


中之島「ダイビル」外観

設計→営業→現場監督。
独立するために網羅的に学んだ。

「もともと実家が材木屋で、作業場に行ってカナヅチで遊んだりしてたんですよ。だから自然とそのまま建築の世界に入ったんですよ」と語る中谷さん。

中谷氏

建築学科を卒業後、マンションをつくる会社に入社した。「住宅に興味を持っていたんですよ。いつか独立しようと思っていたので、設計を経験する前に、まず営業の部署にいかせてほしいと希望しました。今後商売するのに、設計はいつでもできるやろうと思っていたんですよ。工事もやりたかったので、転職して現場監督をさせてもらいました。設計→営業→現場監督をやるとだいたいの流れがわかるやろうと思って5年ほどの間で勉強できたので独立しました。何の戦略もなく、何の仕事のあてもなく、独立して迎えたのが94年でしたね」。

1995年、阪神大震災。
大混乱の神戸にいた。

「震災が起きて神戸で人が足らんということで復興施設に呼ばれました。神戸市と住宅供給公社がつくった施設で臨時で働かせてもらったんですが、建物が倒壊してみんなの権利が錯綜していました。意外と横断的に知識を持っている方が少なくて重宝してもらいました。初めて人のために役に立っている自分がいると実感したし、初めて一生懸命働いたと思います」。

中谷氏

普通なら20年かけて行われる事業を、2年のスピードで体験した中谷さん。
「今までマンションメーカーにいた頃は、家を売ることとか、こっちの都合ばっかりしか考えてなかった。家ってどうあるべきなのか、はじめて真面目に考えたんですよ」。

マンションメーカーにいた頃、自社の商品が好きとは思えなかった。設計の部署にいた頃も社内で提案はしたものの、意見は通らなかった。「使っている素材から間取りから全部嫌でした。車で言うと外観も嫌だし、中のシートも嫌、ハンドルもなんでこれなん?という具合でした」。

一からつくるとなるとお金がかかる。でも中古マンションの一室を改装して販売するならできるなと思って着手した。広告も工夫。不動産広告なのに間取り図を見せずに写真だけで表現した。「当時にしたらすごく珍しかったようで、考えられないぐらい人が来てくれたんです。そのときはリノベーションという単語も知らなかったです」。

リノベーションが特別な人の
ものではなくなってきた。

アートアンドクラフトのモットーは、均質化されていない新しいスタイルを提供すること。
「家ってもっと多様でいいと思うんですよ。

家が面白くなくなってきているなとすごく思っていて。間取りとかにしても、大きな資本に僕らは洗脳されてきたと思うんですよ。それは嫌という人のマーケットって絶対あると思っていたんです。極端に言えばかっこよくなくていいんですよ」。

そんな考えをもっていると、思った以上にすごいお客さんがやってきた。
「例えばお1人の方と犬2匹の家でめちゃくちゃ広いんですよ。160平米ぐらいあって。ほかにも3階建てのビルを買って住宅にしたり、刑務所みたいな感じの部屋にしてほしいという依頼があったり(笑)。極端かもしれないけどライフスタイルが変わってきているし、それだけ多様やと思うんですよ」。

部屋の写真

感覚的には10年前に始めた当初は5パーセントの人が反応する、今は20パーセントの人が反応する、それだけ社会の考え方が変わっていきていると考える。「一番大きいのは、中古住宅には住宅ローンがつかなかったのが、数年前に関西アーバン銀行さんがリノベーションローンという商品を出して。それで一気に浸透しました。普通に働いて、年収350万ぐらいの人が買ってリノベーションできるようになってきたんです。転機は、2000年かなって思っているんですよ。それまでリモデルという単語を使っていたけど、リノベーションのほうが聞こえがよくて使われるようになってきて。今やブルータスがリノベるとか言いだして(笑)。

日本の家はつまらない?

中谷さんは新聞や雑誌で文章を執筆することもされている。「発想は最初から何も変わってない。『クレームが出ないような今の建築建材を使った日本の家は、つまらないなあ』と僕は思っていて。リノベーションとかやっていると変態扱いを受けていたわけですよ(笑)。でもそんなことはなくて、これも家やと思えるようになっていったらええなあと思うんですよ。中古買ったらこんなに生活が豊かになるよ、と言いたい。買うことがゴールじゃなくて暮らすことがスタートになる。
そういう発想になると別のライフスタイルになるし、それを広めたいなと思っていますね」。

部屋の写真

公開日:2009年01月29日(木)
取材・文:狩野哲也事務所 狩野 哲也氏
取材班:株式会社ランデザイン  浪本 浩一氏 /  福 信行氏 / 株式会社ファイコム  浅野 由裕氏、株式会社ライフサイズ  杉山 貴伸氏 / 株式会社ショートカプチーノ  中 直照氏