ビジネスから抜け落ちるクリエイティブを、208で表現したい。
岩淵 拓郎氏:208 南森町

南森町にある住居用マンションを利用したクリエイター自主運営のオルタナティヴスペース「208」。アート、音楽、ファッション、広告、映像など異なるジャンルで活動するクリエイターが集まり、各自のセカンドオフィスとして使用しながら、定期的なトークサロン、ワークショップ、上映会などを開催している。そのスペースの代表である岩淵拓郎さんにお話をおうかがいしました。

「僕は“美術家”と“執筆・編集者”っていう2枚の名刺を持っています。ただ両方とも扱っている素材は言葉ですね。美術家の方では言葉と意味をモチーフにして、主に複製可能な“マルチプル”といわれるタイプの作品を発表しています。一方、執筆・編集者としては雑誌にコラムを書いたり、コンテンツの企画と編集なんかをやっています」。

メディアで遊ぶというスタンスで、仕事がしたい。

高校を卒業してから、自身の表現活動を模索しながらいわゆるフリーター生活を送っていた岩淵さん。

「96年にとあるきっかけで小さな雑誌の編集部にもぐりこみました。阪神大震災の直後に出てきたNGOやNPOの動きを横断にとらえて発信していく雑誌だったんですが、正直あんまりそっちの方面のことに興味が持てなかったんです。ただ街が復興していく過程でいろんな動きが起こっていく状況は面白かったし、小さくてもメディアに携わるということには興味はありました。そこで98年ごろに、雑誌とは別に震災復興について議論するメーリングリストを立ち上げたんですよ。ボランティア団体の代表や大学教授、地元の市会議員など、震災にまつわる運動に関わりそこでイニシアチブをとっていたような人たち50人が参加していました」。

その活動について、今はなきテクノロジーカルチャーマガジン・月刊『ワイアード日本語版』(DDPデジタルパブリッシング刊)が取材にやってきた。「もともとすごく好きな雑誌だったので、やった!と思いました。で、その時神戸のジーベックっていう現代音楽専門のスペースによく出入りしていて、すごく面白いプロジェクトをたくさんやっていたので、そこのことを取材しませんかって編集者に持ちかけたんです。そしたら、取材費が出せないのであなたが書いてください、と依頼されて。それがきっかけでワイアードの外部ライターになりました」。

岩渕氏

それ以来、コンピュータ雑誌でアート寄りのコラムを執筆したり、さまざまなメディアにおけるコンテンツの企画や編集をする仕事に携わっている。「それがどういうメディアに乗るかということを軸に、コンテンツのプランニングとアートディレクション以外のディレクションをやっています。メディアは本、雑誌、新聞、ウェブ、メルマガ、DVD、ラジオなど大体なんでも。クライアントは企業のほかにアート系のNPOや大学関係も多いですね。やっぱりメディアというものが好きで、メディアで遊ぶというスタンスで仕事ができたらいいなと思っています」。

ビジネスだからこそ抜け落ちてしまうクリエイティビティを208で。

岩淵さんは現在7人のクリエイターが自主運営する208を主催している。各自のセカンドオフィスとして使用しながら、定期的なイベントを開催している。アーティストやアクティビストのトークイベント、映像の勉強会、料理のワークショップ、民間療法カフェなど、取り扱うテーマは様々。運営メンバーも音楽家やアニメーション作家、美術ライター、性感染症を専門とするライターなど、その道のクリエイターが集結している。

取材風景

「208はみんなでお金を出しあって維持するたまり場だと思ってます。だからここでの活動は基本的に非営利で、収入になるどころか、自分たちが企画したイベントに参加するにもお金を払ったりします。そんな感じなのでたまに、なんでお金も儲からないのにこういうのをやってるの? って言われるんです。でも僕にとっては美術や編集の仕事をやることと気分的に変わらないですし、他の連中もたぶん同じだと思うんです。お金が発生するとかしないとか関係なく、全部仕事なんですよ。やらなあかんことだと思ってやっています」。

イベントやスペースそのものを大きくしようとは考えていない。ビジネスとして成立しているからといってそれが優れたクリエイティブワークではないし、もちろんビジネスの中にもクリエティヴィティはたくさんあるんだけど、ビジネスだからこそ、そこから抜け落ちてしまうクリエティヴィティもあると岩淵さんは考えている。

「ビジネスって辞書で引いたら大体どれにも、手段は問わず金を儲けること、みたいなことが書いています。まぁ実際そうなんでしょうけど、やっぱり手段は問いたいやないですか。だから208は、ビジネスじゃないけどあくまでも仕事として、それをどうやってお金をかけずにやるかを考えています。要は極端なダウンサイジングって話で、マンションの一室っていうのもそういう理由だったりします。ちっちゃいレベルで“ごっこ”が成立すれば、それはつまりシュミレーションですから、その先にはもしかしたら新しいビジネスのやり方があるかもしれません。もちろん208ではそこまで考えてませんけど、とにかくいろんな意味でクリエティヴィティだけは担保されていると思います」。

ビジネスの外側にある、クリエイティブなアクションを。

「ビジネスの文脈にもそれ以外の文脈にももちろんクリエイティブな点はあります。それをふまえた上でも、やっぱりその距離は遠いなと思いますね。なんとかして一緒に仕事をする方法はないのかなと」。

数年前、某有名企業から美術家としての仕事を請けたときのこと。「僕の作品を使ってちょっとした印刷物を作りたいって依頼だったんですが、内容に関してはとにかくお任せなんですよ。極論、お金はあげるから何を作ってもいいよと。こっちにしてみればせっかくお仕事をもらったのでなるべくクライアントの要望に応えたいと思ったんですが、その要望がない。で、少しつっこんで聞いてみたら、企業としてはお金を払うことに意味があるからアーティストは好きなことをやってくれればいいと言われました。本当はすごく有り難い話なんですけど、個人的には少し罪悪感はみたいなものが残っちゃって。顔つきあわせてきっちり仕事すれば、お互いに取ってもっといい結果が出せたのになぁと」。

岩渕氏

岩淵さんは、208のようなビジネスの外側にあるクリエイティブなアクションが、実は今ビジネスに対して果たせる役割や関わりがあるんじゃないかと考えている。

「社会の根底がグラグラしてきたこんな時代だからこそ、本当の価値のあるクリエティヴィティについて、ビジネスの文脈でもそれ以外の文脈でも真剣に考える必要があると思っています。そのためにビジネスに関わる人はお金を生むためだけの仕事以外に目を向ける必要があるだろうし、そうじゃない人はより社会と直接コミットするためにビジネスの気分も知る努力をしなくちゃいけない。っていうか分けて考えること自体がナンセンスで、実際会社を員やりながら休日はボランティアやってるような人もたくさんいるわけですからね。208にはメンバーもお客さんもその味両方をあわせ持つ人たちが集まっているので、接点としての役割も果たせたりするのかなとも考えています」。

公開日:2009年01月05日(月)
取材・文:狩野哲也事務所 狩野 哲也氏
取材班:株式会社ファイコム  浅野 由裕氏