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クリエイティブクラスター4月に入っても寒い日があったので、
いつになったら春になるんだろうかと思っていたら
いきなり梅雨入りとのこと。
「えっ、もう夏なの」っていう感じがします。
このコラムでも何度か書きましたが、
私は、この時期、恒例の年中行事として岩手県盛岡市を訪問しています。
その理由は、INS(岩手ネットワークシステム)というコミュニティの総会が
この時期にあり、13年前に出会って以来、
その居心地の良さや岩手の仲間から熱いエネルギーをもらうために
毎年通い続けているのです。
例年おきまりのスケジュールは、
前日の金曜日から出かけ、仲間と飲み、
土曜日午後の本番(INS総会&講演会)に参加し、深夜まで飲んで騒ぎ、
日曜日は仲間と一緒に温泉や美味しい海産物を食べに県内各地に出かけ、
最終便で大阪に戻って来るというのが定番です。
ところが、今年はちょっと事情が異なりました。
3月に起こった地震の影響で、日曜日の早朝に長靴を履いて県庁に集合し
友人が手配してくれたマイクロバスで、被災地に入り
ほんの数時間でしたが、田んぼに散乱する瓦礫の撤去をお手伝いして
帰ってきました。
それにしても、今回の盛岡行きは複雑な心境でした。
INSの顔見知りの仲間には、直接命を落とした人はいなかったのですが、
家族や友人を亡くした仲間もいて、どんな顔をして訪問したらいいのか、
行くべきか止めるべきか悩みました。
ましてや、被災地に入ることは、
腰痛持ちの自分にはボランティアもできず足手纏いになるだけなので、
遠慮すべきだと思っていましたし、
お手伝いもしないのに被災地に入るのは野次馬でしかなく不謹慎だと思い、
今回は被災地には行かず、岩手のお酒と食材とお土産を消費することに徹しようと
考えていました。
しかし、友人から、人手が足らないので、バスを用意するからとの誘いがあり、
足を引っ張らないようにと思いながら、仲間18人と一緒に被災地へ赴きました。
でも、そこで見た光景は、自分がイメージしていたものとは全く異なり、
震災後2ヶ月以上も経っているのに、
散乱した瓦礫はまだまだ手つかずの状態ですし、
相当多く現地に入っていると思っていたボランティアも、
私たちが担当した現場にはほとんどいなくて、
この状態だと瓦礫が片付くのは一体いつになるんだろうと、呆然となりました。
今回の震災は、被災の範囲が相当広域に及ぶことや、
東京や大阪といった人口集積地から離れていることもあり、
ボランティア慣れしている人にとっても、
現地に入るには資金や時間など相当の覚悟が必要であるような気がします。
特に岩手県の場合は、比較的人口が多い内陸部の盛岡からでも被災地まで
片道2時間はかかりますので、なかなか現地の状況が伝わらないのかもしれません。
実際、前々日と前日に盛岡市内で飲んだのですが、
盛岡は普段とほとんど変わらない様子で、
街中では被災地を抱える地域(県)の気配が感じられず、
何となく違和感すら憶えました。
いつも「自分で見て、感じて、考えて…」と言っている自分自身にとって、
少しでも実際に現地を見たことは、先入観として入っていたイメージを相対化させ、
いろんなことを考えるきっかけになったことは事実です。
現地に行くまでは、自分にできることは、
地元のお酒や食材、土産物などを「消費」するしかないかなと思っていましたが、
まだまだ自分にもできることがありそうな気がして帰ってきました。
「消費」はもちろん継続して行いますが、
今回のことを契機に、それとは別に何かお役に立てる動きができたらと
思っています。
こんなきっかけを創って背中を押してくれた友人に感謝です。