堂野コラム
2009年10月27日

日が暮れるのも早くなり、
夕方5時を過ぎるとめっきり暗くなり、
肌寒くなってきました。
新型インフルエンザが流行っているようですので、
予防に一層お気を付け下さい。

ところで、最近ふと思うのですが、
あるチラシのデザインをみて、
即座に「いけてるか」「いけてないか」を判断する
デザイナーやクリエイターに出会うことがよくあります。
これって本当に当を得ているのでしょうか?
私自身、素人ながら疑問に思うことがしばしば…。

先日、メビックで講演をして下さったデザイナーの北川一成さんは、
子どもが通う幼稚園から依頼された自分の講演会ポスターを制作するに際し、
それが貼り出される場所を想定、考慮した結果、
あえて平凡なデザインに仕上げたことを話して下さいました。

特段デザインに関心があるとは言えない人が集まる公民館の玄関に、
他の平凡なポスターと一緒に、ハイセンスの尖ったデザインのポスターを貼っても
違和感が出るだけで、決して目に留まらないとか。
実際に事例をもとに両方を比較して、その違いを示して下さいました。
北川さんが制作した平凡なデザインのポスターは、
妙にその場所にフィットしており、自然に目に入る感じがしました。
北川さん自身、参加者の目に留まるデザインについて熟慮された結果だと思います。

デザインは、「誰のために」、「何のために」制作するか、
という目的がきちんとあって出来上がるものだと思います。
その制作物の置かれた条件や目的を聞くこともせず、
表面的な仕上がりを見ただけで、瞬時にその成否を判断する人は
本当にデザインの本質を理解しているのか疑いたくなります。

こうした表面的な思考はデザイナーやクリエイターに限られたことではありません。
我々を含め、今の日本人に共通していることかも知れません。
ものづくり、大学、行政、政治等々、様々な現場で同じようなことがみられます。
我々のような支援機関で支援活動を行う場合でも、
単にイベントを行い、集客を遂げれば、
目的を達しているかのような錯覚に陥っているケースもよくあります。
大事なのは、集客で人を多く集めることではなく、
本当に支援が必要な人に必要なサービスを届けることにあるはずです。

機械化や情報化が進み、生活が便利になり、効率化が進むにつれ、
不便で悩むことや「待つ」ことなどがなくなったことが
人の思考力を低下させたのでは、という意見もあります。
確かに、便利になればなるほど、何も考えずに事が運ぶし、
待つ暇もなくなるので、考えることをしなくて済むというか、
考える余裕がなくなることは理解できるのですが…。

こういう時だからこそ、もう一度原点に立ち返って、
何が大事か、「誰のために」、「何のために」ことを起こすのかなど、
本質を深く考える努力をすることが大切なような気がします。

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