
井上さんは大阪生まれの大阪育ち。少女時代は明るく活発な女の子だったそうですが、その一方では負けず嫌いで正義感の強い、我が道を行く一匹狼のタイプでもあったようです。
看護師だった母親の影響で自身も看護師になるために進学。そこで知ったのは医療関係でもいろいろな道があるということ。勉強好きだった彼女は、看護師のほかに助産師、保健師の資格を取得後、保健師として社会人のスタートを切ります。
病院の健康診断部門の保健師として、企業や個人を対象に保健指導や健康教育の講演会など様々な活動した7年間が、今の事業の基盤になっているそうです。当時病院経営を支える人望の厚い尊敬していた上司から、「井上さん、自分では気が付いてないだろうけど、あなたには人に無い物事の見方、感性、判断基準がある。」と認められたことで、さらに様々なことに自信と興味を持って活動するようになり、事業活動や経済状況についても関心が湧いてきたそうです。
その上司の影響で、大切なのは資格や免許ではなく“人”なんだと気がつき、人を育てることの大切さと面白さに目覚めたそうです。第二の職場となる社会福祉法人では、福祉の仕事は人の気持ちをくみ取ることができる人なら大丈夫、とスタッフ一人一人に、それぞれが持っている能力に気づかせ自信が持てるよう取り組んでいたそうです。
「業務を理論立てシステム化する」「スタッフの潜在能力を引き出し戦力化する」という二つの柱が、職場を活性化し、人間関係のバランスを良くする。現場スタッフの普段何気ない言葉や姿勢に注目し、適材適所を考えた人員配置までコンサルティングをしていくそうです。

総合福祉施設のゼネラルマネジャーとして活躍した後、海外の高齢者福祉事情を知りたいとニュージーランドに留学、帰国後は2年間滋賀県の病院で看護師としてそれまで経験がなかった臨床の現場に立ちます。そしてそれまでの経験が買われて、中部方面にあるクリニックから健診部門立ち上げや有料老人ホームの運営サポートの顧問契約など、いつのまにか独立したコンサルタントとして仕事をはじめます。

いつかは出身地である大阪に戻って仕事をしたいと考えていた彼女は、ホームページで大阪産業創造館の創業準備オフィスを見つけ、市内進出枠で入居することに。そしてこれまでの経験が個人のお客様に役立つと考え出したビジネスプランを実現させるために、様々な業種の人が集まるメビック扇町を選び、2007年8月、いよいよ新天地で本格的に事業を開始します。
メビック入所後は、法人に対するコンサルに加え、個人のお客様を対象にした“個人コンサルタント”事業を進めています。病院での患者と同じく、施設の入居者には越えられない遠慮があり、なかなか施設に対して思っていることを言ったり要求することができないそうです。そこでサポート側の人間としてお年寄りの代弁者となり、施設に対して「この人の為にできること」を提案、一人一人の満足度の高い施設にすることで、お客様に喜んでもらえるシステム作りに力を注いでいます。また他方で活動している成年後見業務を通し確信したことは、これからは「人生そのものを信頼しまかせられる人」を求める方々が出てくる時代と井上さん。まさに目指している個人コンサルタントの姿だそうです。

「その施設に井上さんが関わっているなら安心」「とにかく井上さんなら大丈夫」と、自分がお客様のサポートをすることがブランドのようにお客様に喜んでもらえるようなコンサルタントになりたい。今まで培った経験や知識を土台に、いろいろな人と関わることで世の中での立ち位置を客観的に確認していきながら実践的に進めていくことで、多くの人に喜んでもらえる事業にしていきたい。彼女の熱く語る姿に、高齢化社会に求められていく新たなリーダーの登場を感じました。
チャレンジャーズクリップ Vol.72 公開:2008年02月19日
取材 文:インキュベーションマネージャー 長川 勝勇
2010年2月末で卒業されました。