
武村さん

バンド時代
武村さんは、高校時代、あの有名な“シャ乱Q”のメンバーと同級生だったこともあり、ロックに目覚め、学生時代はプロのハードロッカーになろうと思っていました。でも、オーディションに落ちて、夢を諦めることに…。
大学3年になると周囲から雑音が入り、就活モードに。その結果、見事某ゲーム会社と某大手家電メーカーから内定をもらいました。音楽が好きだったので、某ゲーム会社に就職したかったのですが、当時その会社は上場企業でもなく、知名度が低かったこともあり、周囲から反対が…。それに押し切られる形で某大手家電メーカーに就職することにしました。
某大手家電メーカーでは、通信系ソフトウェアの開発に携わりました。開発畑一筋13年間、技術開発に取り組みました。大学時代は経営工学を学んでいましたが、技術はOJTで修得しました。しかし、職場の環境変化から、自分のやりたいことができなくなると判断、転身を決意しました。36歳の時でした。
独立に際しては、周囲の反対はありましたが、家族だけは反対しませんでした。特に奥さんは商売人の家系だったこともあり、商売の厳しさは十二分に知っていました。「厳しいけどやってみたら」の一言、有り難い限りでした。

いざ独立してみると、思っていたようにはいかず苦戦の連続。独立前は経営には自信があったのですが、今ではその難しさを痛感しています。以前は営業をしなくても待っていたら勝手に仕事が来たので、ある程度営業をすれば食べていけるだけの仕事は確保できると思っていました。それが実は大変甘かった。以前関係があった客先に足を運んでも、仕事の話になると話は別。辞めた会社の人間に対してはそんなに温かくないんだなということを思い知らされました。特に、仕事柄、情報管理の問題があり、客先での常駐開発であれば引く手数多なのですが、案件の持ち帰り作業となると、信用度の低い個人企業にはなかなか発注はしてもらえません。とにかく、大手家電メーカーという背中に背負った大きな看板がなくなった今、自分自身の信用をいかに得ることができるかが大きな課題です。
でも、武村さんは独立して後悔はしていません。「自分で選んだことなので、自分のやりたいことをどう実現していこうかなと試行錯誤することもまた楽しい」と言い切ります。武村さんの目標は「ITを空気のような身近な存在にしたい」ということ。自宅で無線LANがつながらないとか、古いパソコンを有効活用したいなど、自分の周りにもちょっとしたことでIT活用に悩んでいる人が多いことに気がつきました。こうしたITに悩む周りの人たちの課題を解決できればと思い、現在レスキューシステムを構築中です。

「パソコン環境で何か困ったことがあったらコネクトフィール」といわれるような会社にしたい。それは武村さんの大きな夢です。コネクトフィールとは、ITを通して人と人とのコミュニケーションを実現する感覚=「つながり感」を意味しています。みんながつながればきっと幸せになるという期待を込めて名付けました。

日本海ブリ90cm
メビックに来て半年が過ぎました。武村さんの挑戦は今始まったばかり。悪戦苦闘の日々が続きます。そんな中でも「休日には趣味のジギングでストレスを発散しています。仕事も趣味も全力を尽くすことこそが大事」と語る武村さん。いつしか夢が実現する日を心待ちにして、応援し続けたいと思います。
チャレンジャーズクリップ Vol.58 公開:2007年01月09日
取材 文:インキュベーションマネージャー 堂野 智史

※2009年4月末に退所されました。
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武村 泰和
「(有)コネクトフィール」