異国から来た「大阪人」〜アイデンティティは自分で創るもの
戦略システム(有) 李 ひろと氏

ソウルで小説家を志す

李氏

李さんは、1969年生まれの36歳。もともと小説家志望で、ソウルの芸術大学に通いながら短編小説を書いていた。関心は、社会小説。社会の底辺で生きる人々の生き様に焦点をあてた小説を書きたかったという。折しも当時の韓国は軍事政権下にあり、それに対抗する学生運動も激しかった。刑事に追われる先輩もいたし、機動隊の催涙弾が頭に当たり死亡する学生もいたという。こうした社会背景が社会小説に対する李さんの関心をより一層掻き立てた。

兵役の義務

そんな中、大学で小説を書いていても所詮は机上でのこと。現実的ではないと思い、社会に出ようと決意。しかし、韓国では社会に出る前に徴兵の義務があるので、まずは軍隊に志願し、兵役を済ませようと考えた。19歳の時。幸い(?)身体が太っていたこともあり、幹部職員用のスーパーマーケットに配属された。それでも、軍隊での生活は非常に厳しく、耐えきれるものではなかったという。

大学を辞めアルバイトに集中するが…

除隊前の休暇の際に行った土木作業員のアルバイトが結構面白く、その後、籍があった芸術大学も辞めて、土木作業員の仕事に集中することに…。これを知った母親は嘆き悲しみ、李さんのパスポートを勝手に取得して、日本語の勉強のために渡日を仕組んだという。

1991年、大阪へ

専門学校時代の李さん
専門学校時代の李さん

1991年10月に単身大阪へ。日本語は全く喋れず。日本語の専門学校に通ったが、母国でひらがな、カタカナを学んできた人が多く、文字すら知らない学生は自分一人であったという。たまたま同級生の外国人数人と食事に出かけ、互いに片言の日本語でコミュニケーションをとろうとしたことがきっかけで日本語の面白さに気付く。それ以来、睡眠時間4時間で日本語の猛勉強を開始した。

やると決めたら徹底的にやる

やると決めたら徹底的にやるという性格。アルバイトも韓国語が使える韓国クラブや韓国料理店(こっちの方がバイト代は遙かに良かったが…)ではなく、日本の居酒屋の厨房で働いた。この間、家賃が払えず、公園で寝たことも。

最高に面白い時期だった

李氏

でも最高に面白い時期であったという。猛勉強の末、2年課程の専門学校を1年で終え、日本の大学をめざすことに…。一回目は落ちたが、再起をかけ受験勉強に励む。早朝から深夜まで受験勉強をし、夜間から早朝にかけてうどん屋でバイトする日々が続いた。結果は、有名国立大学に見事合格。

アイデンティティは自分で創るもの

でも、日本で生活するにつれ、いろんな場面に直面し、悔しい思いをしたことも…。その度に、韓国人でもなく、日本人でもない自分に思い悩む。大学の日本語の先生に、「アイデンティティは自分で創るもの」と4年間教えられ続けた。

「大阪人」として地域に貢献して生きること

李氏とスタッフ

先生のお陰で自分は「韓国人とか、日本人とか、国家や民族の壁を作らないこと。自分が生きている街を大切にし、相手の街も同様に大切に尊重し、「大阪人」として地域に貢献して生きることが大事」とやっと自分なりの生き方に出会うことができた。これをきっかけに両国を客観視できるようになり、自分自身随分自由になったような気がしている。コミュニティサイトビジネスをやりたいと思ったのも、ここが原点である。

交通事故で大怪我も

大学2年の時に友人とともにコミュニティサイトを立ち上げようとしたが、中途半端に終わっていた。その直後、自分自身が交通事故に遭い、大怪我をすることに。結局リハビリを含め、完全社会復帰に3年の月日を要した。その間、事業計画は中断していた。

今年度から本格的なサービスを

完全社会復帰後の2004年4月に大阪産業創造館創業準備オフィスに入所。コミュニティサイトの構築で起業をすることに。最初のスタートとして企業間取引支援マッチングサイト構築サービスに着目し、基幹業務として位置づけて今年度から本格的なサービスを予定している。

嬉しい誤算

05年3月にメビックに入所。販路、人材等の面で、依然課題は山積だが、最近、学生時代の友人も事業に参画。予期していなかっただけに、本当に心強い限りである。

ITをツールにした企画会社として発展していきたい

李氏とスタッフ

将来的には、コミュニティサイトを軸に、企業間、ユーザ間の様々なニーズをオンラインでサポートできるように特化していきたい。それらの実績とノウハウを元にさらにクライアントに多様な付帯サービスや企画、コンサルが提供できる、ITをツールにした企画会社として発展していきたいと夢を語る。

いつまでも「大阪人」であり続けることができるように

戦略システムズ ロゴ

「私にとって「大阪」は、いい人に巡り会えて、自分を育ててくれた街。いつまでも「大阪人」であり続けることができるようにとの願いを込めて、昨年生まれた長女の名前も、ハングルではなく、カタカナで登録した。」と。これを聞いて、目頭に思わず熱いものが込み上げるのを感じた。事業はまだこれからだが、異国から来た「大阪人」に、大いにエールを送りたい。今後の活躍に期待するところである。

チャレンジャーズクリップ Vol.43 公開:2006年01月10日
取材 文:インキュベーションマネージャー 堂野 智史

(株)ヒューマンリンクサービス(旧戦略システム(有))

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代表者

李 ひろと

※2008年2月末に卒業されました。

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