
父が今でいうITコーディネーター的なことをしていたので、物心ついた時から家にコンピュータがありました。幼稚園の時には将来の夢として「自分でコンピュータの会社をつくる」と書いていたようです。
10年前、中学3年生のときに阪神・淡路大震災が起こりました。当時被災地の近くに住んでいて、何かできないかと思い、パソコン通信で知り合ったメンバー何人かでコンピュータゲームを作りました。それを安い値段で売り、売上を元手に被災地に行き、ボランティアで炊き出しなどをしていました。そうした活動を半年ぐらい続けましたが、その後もソフトを組めるメンバーが残って、ゲームソフトを作り続けていました。
そうした中で、もっと勉強したい、という気持ちが芽生えてきました。そして高校2年のときに、日本に比べてIT環境が進んでいたアメリカに渡り、オクラホマ州の高校に留学しました。そこでは学業のかたわら、コンピュータの家庭教師をしていました。またシステム開発の案件もいろいろと出てきたので、SOHOのような活動をしていました。高校を卒業してから一度日本に戻り、今度はカナダ・ノースバンクーバーにある大学に留学。そこで技術やビジネスを学びました。
次に日本に帰ってきたのは21歳の頃。日本ではまだインターネットが普及していませんでした。向こうで学んだビジネスモデルが、これからインフラが整ってくれば使えるだろうと思い、システム開発・販売の会社に入って提案営業をしていました。営業をしながら、資金調達ができないために数百万のシステム開発ができない会社に対して、もっと安い価格でシステムを提供できるような方法はないか、と考えるようになりました。開発する側も、新しい契約を取ったら、一社向けのシステムを一から作る、というサイクルで仕事をしていたので、もっと合理的なシステム開発の方法があるのでは、と。

考えていたのは「システム構築ツールの汎用化」です。製造業である、仕入が主である、といった項目についてヒアリングして、それぞれの業態で使えるブロックを集めてシステムを自動構築し、イレギュラーな部分だけ新たに構築する、という手法です。これまでだと3ヶ月、半年とかかっていた開発期間を短縮し、コストも下げることができます。思い立って会社を出て、昨年1月に産業創造館の創業準備オフィスに入所し、12月に株式会社を設立しました。
今の事業内容としては、ITコーディネート、システムの提案と導入、ということになります。営業にはよく回っていますが、仕事は紹介でいただくことが多いです。インターネットからの問い合わせもあります。事業プランとして考えていたシステムのブロック化については、いただいた開発案件をこなしていく中で進めています。おかげさまで事業は順調で、この5月からは人員を5名に増やし、3Fの創業促進オフィスから4Fの広いインキュベーションオフィスに移りました。
「ITをベースにした中小・零細企業の活性化」と「真のITの普及」これがうちのミッションです。コンピュータが出始めた時期にシステムを導入した企業は多いですが、中にはお客さんのニーズや使い勝手を十分に考慮していないものもあって、逆にITの導入に及び腰になってしまった会社も少なくありません。お客さんの声を反映した、本当に役に立つシステムを開発し、本当に活用してもらえるものを普及させたいと思っているのです。
チャレンジャーズクリップ Vol.26 公開:2005年05月17日
取材 文:コラボレーションマネージャー 山納 洋

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鈴木 創
「アイビーエッジ(株)」