
ライティング・編集を手がけるアールコンシャスのわかはらさん、今の仕事につながるルーツについて聞いていると小学校の頃から「人に伝えること」に関心が高かったようです。当時のテレビ番組で世界各地をレポーターが巡り、クイズを出題する番組がありましたがそれを見て、「皆が知らない世界のことを経験してそれを伝える」ということに興味を持っていたと言います。そしてわかはらさんのお父さんは船乗りで実際に世界中を旅していたと言いますから、その影響もあったのかもしれません。
中学で英語に関心を持ったわかはらさんは英語が得意な学生が目指す高校ではなく、ある県立高校に設定された、帰国子女と一部の英語を学びたい学生のみで構成されるクラスに入ります。まさに実践的な方法で英語を学ぼうとした訳ですが、周囲は帰国子女ばかり、さすがに英語が得意でも敵いません。相当なレベルでありながら、ネイティブスピーカーの中で逆に劣等感を持ってしまい、「英語ではどう頑張ってもこの人たちを越えられない」と語学での大学進学をあきらめてしまいます。

大学進学に際してはメディアに興味を持ち、文学部の新聞学科に入学します。そこで学ぶうちに「新聞の世界よりも雑誌や広告などの“見せ方”を工夫するジャンルの方が面白い」と思うようになります。就職については、専業主婦だったお母さんの「女性は家庭をしっかり守りつつ、家でできる仕事があれば人生がより楽しくなる」という言葉を聞いていたこともあり、「会社勤めをしていても結婚した後、私には両立できる自信がない。それよりも手に職を付けたい」と「コピーライターであれば家でも出来るのでは」とどこかの編集部に入ることを考えます。
そこである情報誌大手の会社に就職、そこで配属されたのが求人誌の制作部門で、幸運なことにその会社の中では「クリエイティブならここ」という部署でした。ここで優秀な先輩に出会い、鍛えられ、広告の作り方からMacや誌面デザインまで、コピーライターとしての基本の多くを学ぶことが出来ました。これが今の仕事の基礎になっていると言います。そこで求人広告や会社案内を数多く手がけます。
3年と少し経った頃、「もっと色々なことを伝えたい」という思いが強くなり、あるライティング講座の講師をしておられた方の会社が求人を出しているのを見て応募、採用となり女性向きの冊子などの仕事を手がけることに。ここでは多忙ながらも落ち着いて好きな仕事が出来ていたのですが、結婚を機に退社することになります。

結婚を数ヵ月後に控え退社はしたものの、ずっと仕事を続けたいわかはらさんは「コピーライターは結婚したら無理かも知れない。それなら英語で仕事をすることも考えたい」と思います。外国人に日本語を教えてみたいと考え、調べてみると、イギリスで日本語教師の資格が短期で取れることを知り、結婚までの数ヶ月間、留学することを決心します。
まずはケンブリッジの語学学校で2ヶ月勉強し、その後はロンドンで日本語教師の勉強を2ヶ月しました。そしてその間に日本人向けタブロイド誌が編集&翻訳の短期アルバイトを募集しているのを知り、応募、即採用となります。仕事はタブロイド誌の記事を翻訳して日本語でネットに載せること。「ポンドで報酬がもらえるのが嬉しかった」と言いますが、その行動力には恐れ入ります。またこの数ヶ月間はホームステイしながらの留学で、イギリスの色々な家庭を経験したりと、多くの経験をした数ヶ月間だったようです。

結婚後は予定通り日本語教師として製薬会社等の駐在員に日本語を英語で教える仕事を始め、これまでとはうってかわってゆったりとした生活。日本在住の外国人の家にホームパーティーで招かれたりと、日本語教師の仕事はとても楽しかったのですが、ふと雑誌などを見た時に、やはり編集の仕事に惹かれる自分が居ました。「やはりコピーライターもやりたい」と思い、ほどなくしてある新聞系の折込冊子の仕事を日本語教師と掛け持ちですることに。
そのうちに新聞本体の仕事や旅行会社のパンフレットの編集記事の仕事も回ってくるようになります。各大学を回って新聞の広告特集で紹介したり、子どもの頃から好きだったフリーペーパーを手掛けることができたり、旅行会社の依頼でアルプスのモンブランに14日間取材に行くという印象的な仕事をしたり、充実してストレスなく働くことが出来ました。
そんな中で妊娠という一大転機が訪れます。しかも双子。決まった時間に出勤しなければならない日本語教師は一旦、休むことにしましたが、コピーライター業は妊娠中でも続けることができました。「やはり自分の仕事はコピーライターなのかな」。とはいえ、正社員に戻るのは時間的にも制約があり無理。コピーライターを続ける「手段」として、思い切って自ら法人を設立して仕事をすることを選びます。出産後3ヶ月ごろには周囲から「行ける?」と声がかかり、一時保育で仕事に出ていたとか。
独立することによって仕事のスタイルは自分を決めることが出来るようになりました。そこで本格的に仕事をするためにメビックへの入所を決意、そうして今でも幼稚園行事は欠かすことなく出席し、効率的に時間を活用しています。
好きな仕事や今後やりたいことは?との問いには「会社案内やパンフはクライアントの仕事への思いを知ることが出来るので好きです。今後は、クリエイティブのみに走ることなく、クライアント目線を忘れずに仕事をしていきたい」とのこと。子育てに仕事にと多忙な毎日を送る中ですが、今は嫌なことが殆どない状況だと言います。
日々心がけていることは「締め切り厳守、クライアントにベストなものを考えるといった当たり前のことです」とのコメント。
人に依存することなく、常に自分がやりたいことを考え、休み無く挑戦し続けるわかはらさん、結果的に寄り道はなく、全てのキャリアが積みあがってきているように思えます。本人にとってはごく当たり前のことをしているといった感じですが、充実した人生を送っている人特有の力強さを感じることが出来たインタビューでした。
チャレンジャーズクリップ Vol.91 公開:2009年09月29日
取材 文:インキュベーションマネージャー 増見 浩一朗

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わかはら 真理子
会社パンフ, 商品カタログ, ライティング, 雑誌編集, 人材採用パンフ
「(株)アールコンシャス」