
「チャレンジャーズクリップ」は、メビック扇町に入所している「起業家=チャレンジャーズ」をメビック扇町スタッフの視点で紹介するインタビュー記事です。

「絵描きで飯が喰えるか!」と両親のデザインへの理解が得られず文系の科目へ進学。その後就職難の世の中で就職活動するも、「物作り」以外に自分の好きな事が見出せず、就職活動は難航。
両親の紹介で面接を受けた社会福祉施設へ入社する事が決まり、日々入居者のケアワークに努めた。社会福祉施設の仕事は確かに人のお役に立てる、やりがいのある仕事であったが、自分が本当にやりたい仕事ではないと思い続けていた。
「石の上にも3年。3年経ったら好きな職業についていい」という両親との約束を守りようやく3年目を迎える直前に転機が訪れる。
それは確か「とらばーゆ」だったそうだが、特集記事の中に、長いチェーンのネックレスの先にフロッピーディスクをぶらさげてニッコリ微笑むインターネットインストラクターが写っていた。「目の前のパソコンからワールドワイドに世界と繋がるなんて!しかもホームページってデザインの要素もあるのでは?」とぼんやりとインターネットに対して淡い憧れを抱いていた奥山氏は「私のやりたいことはこれかもしれない!!」と長年求めていたものへの出会いを確信し、約束した3年を過ぎた頃、就職活動を開始。インターネットプロバイダー会社への就職が決まった。

当時インターネットカフェがあちこちにつくられており、私もカフェでインターネットのアドバイスができる!と夢と希望に燃え、りんごマークがかわいいという理由で、「マッキントッシュパフォーマ5220」をボーナスで購入し、夜も寝ずにネットの勉強をした。
結局このプロバイダー会社はカフェをオープンすることはなく、奥山氏はホームページデザイナーアシスタントとして配属。今度はデザインの勉強をみっちり行った。
最終的にこの企業には1年在席し、その後1年Web制作会社を経て「スリーウェブ」という当時全盛であったプロバイダー会社に3年在席したが、奥山氏にとって、今の自分の基礎を形成できた時期であり、辛い事も多かったが、とても濃縮された5年間だったという。
この濃縮された5年間にいろんな苦労も待ち受けていた。最初のプロバイダー会社を辞めたのはいいが、次の就職先がなかなか決まらない。就職活動をする資金も底をつき、企業を訪問する移動費さえ苦しくなった。そんな時に助けてくれたのが、ねっと屋前社長の細川氏であった。その時に細川氏がくれた地下鉄の回数券は本当に有り難かったという。その後も細川氏は、要所要所で奥山氏の力になってくれた。
そんな中一見順調なサラリーマン生活を送っていたものの、PSIジャパンが日本のプロバイダ業界に参入し、数々のローカルプロバイダが買収・吸収され、業界が再編成されようとする「接続業者混乱期」に勤め先の代表者が死去。再度転職の岐路に立つ事となった奥山氏は、当時ねっと屋コンセプトを遂行中の細川氏と合流。ここで「ねっと屋Ver.1」が誕生する。

細川氏が「べたな名前がいい」ということで、社名は仕事の内容そのままの「(有)ねっと屋」に決定。会社のロゴも「お城ですか?」とか「車ですか?」と良く言われるが、これはネットをつなぐジャック(RJ-45)をモチーフとしたもので「ねっと屋がネットサーファーとサービスを繋ぐハブとなるように」という思いが込められているそうだ。

細川氏が止むなく他の会社へ引き抜かれる事となり、今年から社長に就任した奥山氏であるが、細川氏の「インフラは整った。あとはそこへ乗せるサービスと会員数を持つ会社が生き残る」という信念を引き継ぎ、残されたスタッフと共にASPの開発を行って行く。
まだまだ受託開発での売り上げが会社運営を大きく左右してはいるものの、創立以来過去4年間に構築された「レンタルフォームのふぉーむまん」サービスを筆頭に、徐々にASPサービス単独での売り上げを伸ばしている。

「技術的に明るくない私は就任当時はスタッフとの距離感を感じ、どう接すれば良いのかと憂鬱な毎日を送っていました」と奥山氏。スタッフ間の連携が崩れればサービス運用にも響く事をこの時同時に体験する。今、どうにかお互いの距離感を埋めあってサービス運用も順調なのは、日々訪れる困難をみんなで一緒に乗り越えて来たからかもしれないと振り返る。
社長が変わっても「ねっと屋」という法人が存在し続ける事が出来たのは、今いるスタッフの御陰。そして細川氏の応援と過去積み上げてきたASP資産の御陰。今はジェットコースターのように売り上げが安定しない日々だけれども、一日も早く安定運営を目指し、今いるスタッフに還元したい。
社長1年目を終えた奥山氏は、きっぱりとねっと屋の未来を誓った。
チャレンジャーズクリップ Vol.13 公開:2004年11月16日
聞き手 文:インキュベーションマネージャー 増田 たくみ

※2005年12月末に卒業されました。
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奥山 シノブ
「(有)ねっと屋」