大人になった映画少年が事業をプロデュース
(株)ザム 藤木 秀紹氏

幼少期は超優等生

藤木氏

企業等の事業PRやセールスプロモーションをWebや映像制作等を通じて支援する株式会社ザム。クライアントは、大学・高校・専門学校から、機械メーカー、アパレル、食品、アミューズメント、生コン、はては相撲業界まで多岐にわたり、フィールドもWebや映像をコアに、パンフレット等の紙媒体、広告、展示イベントなど、クライアントの課題解決に向けた様々な取り組みを展開しています。
代表の藤木氏は、昭和40年、和歌山県和歌山市生まれ。小学校に入ると毎年学級委員長になるような「超優等生だった」そうです。小学校1年の時には世界の偉人の伝記に影響を受けて、自分も将来何かを発明するような博士になりたかったそうです。

ウルトラマンが導いてくれたもの

中学校のとき、ウルトラマンの制作舞台裏を書いた本と出会い、藤木氏の人生は変わります。番組ができた経緯や企画の様子、特撮技術などが詳しく書かれているその本を読んで突き動かされます。「僕も映像を作りたい!」
さっそく父親の8ミリカメラ(フィルムの時代です)を借りて、近所の友人と4人で特撮を使った映画を作ります。現在藤木氏以外は全員医師になったその友人たちとは今でも交流があるそうです。

映画のために4つの部を掛け持ち

映画撮影時の藤木氏
作品の一コマ

高校受験が終わって入学するまでの間にも1本映画を作るなど、徐々に映像制作の魅力にとりつかれていった藤木氏は、高校入学後、映画部に入部しますが、映画作りに役立つからと演劇部、写真部、空手部にも掛け持ちで入り、映画作りと演劇活動に没頭します。また好きな映画を見るために、昼ごはんを抜いて小銭を少しずつ貯めては大阪の映画館に通っていたそうです。

私財を投げ打ち長編映画を制作

大学に入ってもさらに映画への情熱は高まり続けます。大学に映画部はあったそうですが、映画作りへのこだわりから、映画部に入部せず、自力で制作スタッフや出演者を大学内外から集めはじめます。彼の情熱が届いたのか、いろいろなつながりから多種多様な人達が集まってきたそうです。そして小学生の頃から貯蓄していた資金を投入し、監督、シナリオ、撮影、編集まで全て藤木氏が担った1時間40分に及ぶ本格的な8ミリフィルムの映画を作ったそうです。

僕はプロデューサーを目指す!

有名な映画監督に直接売り込みをかけて映画業界に入ろうと考えていた藤木氏は、卒業論文のテーマに選んだ日本映画について考えるうちに、日本には映画プロデューサーがいないことに気がつきます。「じゃあ、僕はプロデューサーを目指そう!」
そして就職先に、資金調達やマネジメントの勉強になりそうな広告代理店を選び、社会人のスタートを切ることになります。

映像から営業へ。そのギャップにショック

ところが営業の現場に立たされた藤木氏は、やりたいと思っていたことと現実の仕事内容のあまりのギャップにショックを受けます。就職後も多忙な仕事の合間にシナリオを書いていたそうですが、徐々に仕事の量や忙しさが上回ってシナリオが書けなくなってしまします。その頃、仕事といえば何でもやらねばならず、企業のプロモーションビデオの制作からゴミ袋の販売まで何でもやった時代だそうです。

これからはWebだ!と無謀にも独立を決心

社会人になって10年ほど経ったころ、世の中にWebが現れて徐々に広告メディアとして台頭してきます。「Webなら自分が思っているものを自由に作れる!」
独学でWebの勉強をしていた藤木氏はそう確信して、会社を退職。自分で受注したものを自分で作りたい、と自宅で独立開業します。当時35歳。結婚して子供ができ、家を買って住宅ローンを組んだばかりの頃の決断でした。

お客様に鍛えられて技術を磨く

営業をやってきたことが強みとなって、開業直後に受注もあったそうですが、たったひとりで営業から制作までこなすしかない体制。仕事は受注していたものの、後でこの頃のことを振り返ると、コンテンツの品質や内容についてお客様に鍛えてもらっていたのだと気づいたそうです。

法人化、そしてメビックへ事務所を移転

藤木氏

独立はしましたが、それから先が見えない。「このままやったら、いつまでもこのままや…」
藤木氏は事業の拡大、組織化を図るために法人化に踏み切りました。ところが、クライアントの倒産など思うように事業は進まず、初年度は赤字決算に。事業の拡大には自宅を出て、自分のフィールドを広げなければと、事務所移転を模索します。そんな中、友人からもらった1冊の本との出合いが、メビック扇町を知ったきっかけでした。「これは僕が探していた場所や!」ということでメビックの入所募集に応募します。入所してからは自分だけでなく、周りのお客様も変化したといいます。新規の顧客も増え、要求されるレベルも高くなってきましたが、仕事のパートナーにも恵まれ、徐々に事業の基礎ができてきている実感があるそうです。

真の国際人になるための支援システム

今、Webを使った学校教育や留学の支援ビジネス構築に力を入れている藤木氏。きっかけは息子さんの中学受験。いろいろと考える機会になったようです。どのような仕組みがあれば、より豊かな教育を受けさせ、国際的に活躍できる人になってくれるのか。語学力は勿論のこと、学生がハブ(中継)となって、自分の力で海外=異文化ネットワークを構築するための、今までにない仕組みをWeb中心に構築中とのこと。実際、今年この基幹となるシステムの受注にこぎつけ、具体化に向けて第一歩を踏み出しています。

常に実行の人でありたい

これからは自分のやりたいこと、面白いことにフォーカスを合わせ、素直な気持ちで取り組みたいという藤木氏。映画好きだった少年は今、既存のメディアに固守することなく、お客様、クリエイター、その他いろいろな面白い人たちを引き寄せて、より大胆な表現、大きなフィールドに挑もうとしています。
好きな言葉は「希望は天上にあり、実行は脚下にあり、後生須(すべか)らく実行の人たれ」。
そう語る瞳からは、高い理想を持ち、常に実行の人でありたいと、自らにチャレンジする決意が伝わってきました。

チャレンジャーズクリップ Vol.86 公開:2009年04月28日
取材 文:インキュベーションマネージャー 長川 勝勇

(株)ザム

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代表者

藤木 秀紹

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Webコンテンツ, 広告, ビデオ, プロモーション, 人材採用
「(株)ザム」

2010年3月末に卒業されました。

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