
「チャレンジャーズクリップ」は、メビック扇町に入所している「起業家=チャレンジャーズ」をメビック扇町スタッフの視点で紹介するインタビュー記事です。
中さんは大阪市北区中津で育ち、結婚後も中津に住む生粋の「この街のクリエイター」です。主な仕事は雑誌やWEBサイトの企画・編集・ライティング業務ですが、最近では販売促進戦略などのコンサルティングも行っています。子供時代は特に目立つ子供ではなかったようですが、読書感想文は先生から褒められてみんなの前で発表したりする子でした。その頃の夢は、漠然と新聞記者になりたかった記憶があるそうです。
チャレンジャーズクリップ Vol.88 公開:2009年06月23日
一度聞くと忘れられない「たまやスペシャル株式会社」の田中さん。その社名からもただものではなさそうな予感がしますが、一体どんな経緯で今に至るのでしょうか。
チャレンジャーズクリップ Vol.87 公開:2009年05月26日
企業等の事業PRやセールスプロモーションをWEBや映像制作等を通じて支援する株式会社ザム。クライアントは、大学・高校・専門学校から、機械メーカー、アパレル、食品、アミューズメント、生コン、はては相撲業界まで多岐にわたり、フィールドもWEBや映像をコアに、パンフレット等の紙媒体、広告、展示イベントなど、クライアントの課題解決に向けた様々な取り組みを展開しています。
代表の藤木氏は、昭和40年、和歌山県和歌山市生まれ。小学校に入ると毎年学級委員長になるような「超優等生だった」そうです。小学校1年の時には世界の偉人の伝記に影響を受けて、自分も将来何かを発明するような博士になりたかったそうです。
チャレンジャーズクリップ Vol.86 公開:2009年04月28日
「ほとんど全てのプログラム言語に対応できます」と自信を持って言い切る、株式会社NOBシステムズの信田氏。現在のシステム開発に対する自信の原点は、子供時代の家庭用コンピューターゲームにのめりこんでいた頃にさかのぼります。そして成長していく過程で出会った人たちに影響を受けながら、次第に今の生き方や考え方を培ってきたようです。
チャレンジャーズクリップ Vol.85 公開:2009年03月31日
デザインに目覚めたのは家庭環境の影響が大きかったと話す國松さん。父親が広告代理店のグラフィックデザイナーをしていたこともあり、高校生の頃からデザイナーになりたいという夢を持っていました。美大への進学に向け、高校2年生の頃から美大・美術系予備校に通い始めました。そこには浪人生が多く、中には3〜4浪の人も。5年のキャリアの違いは大きく、彼らから刺激を受けながら、デッサン、色彩、立体造形などの課題に取り組みました。高校3年の終わり頃には、平面ではなく、立体に興味を持ち始め、プロダクトデザイナーを指向することに…。
チャレンジャーズクリップ Vol.84 公開:2009年03月03日
リベラルアーツとは、古代ギリシャ語で「人を自由にする学問」のこと。
八坂氏は2007年6月、設立する会社名をリベラルアーツ株式会社と名付けました。事業内容はWEBサイトの制作。一見、学問や教育とは関係ない事業ですが、社名にはある想いが込められています。
チャレンジャーズクリップ Vol.83 公開:2009年02月03日
その柔らかな話し口調と繊細で柔らかいデザインが特徴の坂口さん。話を伺うとグラフィックデザイナーとしての現在に至るまでは色々と紆余曲折があったようです。
高校時代に文系と理系のコースに分かれる際に坂口さんが選んだのは理系コース。父親が生物分野の大学教授ということもあり、生物に関心を持ち、「同じ分野に」と漠然と思っていたということでしたが、実際には完全な文系人間だったことに気づき、受験は文系学科を受けることに変更します。そこで本当に自分のやりたいことを考えた結果、美術、それもデザインに関心を持ち、受験したのは美大。しかし不合格となり、翌年に総合大学の文芸学部に入学します。
チャレンジャーズクリップ Vol.82 公開:2009年01月06日
水の流れのように自然にその人に合わせた音楽を届ける。「ジュ・ドー(jeux d'eau)」とはフランス語で「水の戯れ」を意味します。代表を務める中橋氏は、持ち前のセンスと音楽留学で培った技術や経験をもとに、携帯電話の着メロやゲームに使われる音楽をはじめとして、様々なシーンにぴったりなオリジナルサウンド創りを得意としています。京都府生まれの長男坊。3歳からピアノを始めたそうですが、大人しくて髪の毛が長かったため、よく女の子と間違われていたそうです。
チャレンジャーズクリップ Vol.81 公開:2008年12月09日
中学生の頃から読書少年だったという神崎さん。その頃から何となく「作家になりたい」と思っていたそうです。転機は高校の夏休みの自由課題。ありきたりの内容が嫌で小説を書くことに。すらすら書けてしまったという作品は、学年の優秀課題をまとめた本に掲載され、国語の先生からも褒められたとのこと。ここから「物書き」になりたいという思いが本格的になっていきます。学生時代は小説や論文を書いては賞に応募し、バイト感覚で年間にかなりの賞金を稼いだとか。そんな中、ある新聞社主催の日米学生サミットの論文コンテストに入選、日本代表としてアメリカに行き、現地の学生と議論をするという貴重な経験をします。一緒に行った学生はマスコミ志望が多かったのですが、神崎さんは「マスコミは書きたい文章が書ける訳ではない。民間企業で文章を書く仕事=広報の仕事がしたい。」と考えました。作家については「すぐになれるものではないし、働きながら書くんだろうな。」と漠然と思っていたそうです。
チャレンジャーズクリップ Vol.80 公開:2008年11月11日
事務職出身の変わり種クリエイターの鳥山進さん。
幼い頃は、空想癖があり、絵が好きで、ひとり遊びが得意な性格だったといいます。野球やサッカーなど普通の男の子が興味を持つスポーツにはあまり関心が無く、ピアノを習い、中学時代にはブラスバンド部でアルトサックスを吹いていたとか。高校時代も音楽を続けるため、地元の市民楽団に入りクラリネットを吹き、御堂筋パレードに出たことも…
こうしたことからも、鳥山さんの創造性豊かな雰囲気がうかがい知れます。
チャレンジャーズクリップ Vol.79 公開:2008年10月14日